海外に駐在して1年経って感じたこと

インドネシアに駐在してからはや一年。

漠然と「海外で働く」ということに憧れつづけてようやく叶ったわけですが。期待通りだったことやそれを超えるもの、裏切られた点や予想外なところなど、まああるはずだろうと思い、まとまらないままつらつらと書き出してみようと思う。直感で言うと事前の期待値を100だとしたら、今は105くらいか?

 

  •  期待通り

- 職位が上がり、やれることの幅が広がる

→これはまさにその通り。といっても直属の部下がいるわけではないが、より意見を聞いてもらい、真摯に受け止めてもらえてるなーというくらいの感覚。日本側との折衝窓口になっているので、役割の範囲も自然に広くなっている。

 

- 相手の文化を尊重しながらも、仕事を進める

→こうなれてたらいいな、という事前の期待。なんとなく従業員のキャラクターを理解し、少しずつ仕事を回せるようになってきた気がする。日本の本社に対して、「スタッフに依頼した提出物が出てきませんでした」というのは、言い訳にならないのでね・・・。

 

- 必要に迫られ、語学習熟度UP

インドネシア語はまだ流暢とはいかないが、基本的な意思疎通+αはできるようになったと感じる。元々コミュニケーションが好きなのと、日本人がインドネシア語を喋るとウケがいいということもあり、特に苦にならず勉強は続けられている。

しかし「語学だけできてもしょうがない、それを使って何をするかだ」というような物言いがたまにあるけど、海外に住んでいると、その「語学だけ」が出来なくてさんざん苦労して誤解されて物事が進められなくて・・・というシーンを目にする。まあひけらかす必要はないけど、「語学だけできても・・・」というのを聞くと、出来たほうが遥かに生きやすいし、わざわざそんなにハードル上げなくてもナ~と感じるのであった。

 

- ビジネスマンとしてのスキルアップ

→これは上司のおかげ?ビジネスマンとしては優秀な上司だが、あまり人の話は聞かず、また言い訳は一切聞き入れない。間違っていることもたまにあるのだが、あまりに聞き入れられないので、やむを得ず彼の流儀に従って仕事をすすめる。あまりまわりにグチる人もいないし、逃げ場もないので、粛々と従うしかない。

すると、もともと言い訳しがちで面倒ごとも回避しがちだったが、ちょっと最近スタイルが変わってきたような気がする。日本であれば何かと理由をつけて自分のやり方を貫いていたかもしれないが、海外では逃げ場もなく、素直に受け入れることができた。

 

 

・期待を超えてきた

- 駐在員としての待遇

→古い会社ということもあるのか、いたれりつくせりの福利厚生。健康診断のための渡航費及び宿泊費負担。住宅や家族用車の用意。給料ももちろん日本にいるときより、諸手当によりアップ。

 

- 女の子がかわいい

かわいいんだ・・・。知らなかった・・・。

 

・期待を裏切られた

- キャッシュアウトの多さ

→上記のとおり給与は増えたが、手出しも多かった。退去費用やこちらで新生活を始める準備、日本に一時帰国する飛行機代、日本の料理やものを用意するための費用…。長期休みの際、海外に遊びに行ったり…。

 

- 仕事の進め方、日本側との協業

→仕事の種類にもよるが、日本の本社間と長年行われている業務などは、ある程度システマティックに進めているのかなー・・・と想像していた。が、これが想定外に行き当たりばったり、俗人的に行われている。故に予想外の業務に振り回されたり、同じことを毎回繰り返したりと手間を取られるのだ。おいおい、海外子会社でありがちな日本のやり方を強固に押し付けて、うんざり・・みたいな話はウチにはないのか。まったくのアウトローじゃねえか。

 

・期待していなかったが、それ以下だった

- 太る

運動量が減る、故に太るとは聞いていたが・・・。貪欲にローカル飯もチャレンジし、週末は家事に疲れたヨメをねぎらいに外食…と食を満喫していたらテキメンに太った。

 

- 酒が高い

そして種類が少ない

 

つらつらと取りとめもなく書き出したが、とりあえずはこんなところか。もっと若いことに来ていたら・・・とかポジションがより上だったら・・・で変わるところもあろうけど、とりあえずは海外駐在に憧れていた以前の自分に、「その方向性でイイよ」と言ってあげたいすね。

海外駐在が決まりました。

振り返ってみると

 

2009年に社会人になってから、数えてみれば、この春で10年目を迎える。

長かったな〜。

上司や先輩の話を聞くときには、キャリアの10年なんてのはサラッと過ごしてきたように聞き流してきたけど。自分事だと思って振り返ると、結構なボリュームがありますね。ここらでいっぺん振り返ってみよう。私生活も入れると駄々長くなるので、あえて会社の部分だけ。

新卒での期待を全て裏切られる編

新卒で選んだのが素材メーカーの事務屋。BtoBビジネスなのでプライドも傷付けられず、少人数採用でマッタリとそれなりの給料貰って過ごしたるわい!という高い意識により選んだ。高校で英語に注力するコースに所属し大学でも英国に留学していたりと、海外で働くことへのあこがれをぐつぐつ醸成していたこともあり、その辺のあこがれもあった。

ところが実際に配属されたのは、子会社の製薬メーカーの国内営業。学生が抱いていたBtoBのイメージとは程遠いDoctorやスタッフ、薬品商社とのベタな営業が待っていた。英語なんて使う機会は、殆どなかった。そこで好き勝手にDARADARAとさせていただき、数年後にある海外事業の立ち上げを行う部署(本社)に帰任。

ようやく当初描いていたマッタリでそこそこの給料がもらえる生活に…と思ったら、その海外事業の立ち上げが大コケ。給与賞与カット、経費削減の嵐。このちょっとくらい前から、経営についての興味がようやく芽生えはじめ、勉強をしたりして「まったりも悪くないが、バリバリ働くのもKOOLかもしれねえ」と考え始めた矢先だったが、経営へのインパクトが大きいせいか若手に任せてもらえるような仕事はそうそうなく、いくつか嗅ぎ回って毟り取った案件も前向きなものはあまりなかった。経費削減のため、勉強を兼ねたような出張(国内、海外ともに)をさせてもらえるような余地もなく、なんだかブルーな毎日。

転職する編

そんな毎日で30歳の手前のころ、会社の経営状態も悪化の一途。このままここに留まるとマッタリやバリバリとか考える前にオマンマの食い上げになり兼ねないと、転職を決意。「海外」「経営に近い」ということで探していたら、電子部品メーカーの海外事業部での企画職にありついた。ここまで勤務地は全て東京・・と書いたのは、この職について1年半で関西地区への転勤が決まったからである。おお、まさかね。国内での転勤はほぼないよと言っていたよね。でもよその事業部と合併したからね、しょうがないよね…。

こういうと文句たらたらなのかと思われるかもしれませんが、あしかけ3年目の感想としては「ありがたや」です。基本的にはぬる燗を錫合金でできた徳利にいれたような環境ですが、バリバリやりたければやらせてくれる。別に進歩的な人々が集まった会社というわけでもないので、各論ではいろいろ引っかかるところはあれども総論としてはやはり「ありがたや」。何より尖った人、几帳面な人、後ろ向きな人、勢いのある人など色々なメンツがいて、初めて?社会人としての自分を見直すことが出来たのが良かった。自分が結構適当なところがあるとか、LAZYな側面出ちゃうとか、怒りっぽいところとか、自分の特性が結構見えてきた。

 

で10年目 

まあタイトルでネタバレしているんですが、来年の春から海外駐在が決まった。念願の、というほど途切れず恋い焦がれてきたわけではないが、ずっと心のなかでデカめのしこりとしてあったものが、ようやくほぐれそう。国はインドネシア。数年ほど行くことになりそう。自分の常として、叶ったら叶ったでいろいろ不満やワガママが出て来るであろうことは目に見えているけど、今はただじんわりと嬉しい。

 

 

 

 

 

 

異動!

  • この四月から、今までの東京勤務から京都に異動することになった。家族も帯同のため、チョウナンチョウジョを合わせ4人の人生が大きく?変わることになる。考えてみれば妙な巡り合わせで、今の会社に入らなければ当然この異動はなかった。転職後1年半で国内で動かされることはなかろうと思っていたが、組織再編のため、「まさか」が起きた。

 

  • そして前の会社から転職しようと思ったのは、自分のいた海外事業企画部が全社に影響を与えるような損失を出して、自分のキャリアや、直接的には生涯賃金に不安を覚えたから。今の会社に入ったのは、その時に取得した診断士を活かす仕事(経営戦略)がしたかったから。

 

  • 更に遡ると、キャリアに不安がある中で診断士を取得したのは、上司から社会人の基礎・土台を作るために勧められたからである(今でも同行中に、首都高を社用車で走りながら勧められたことを覚えている…)。勧められなければ、おそらく「診断士」はスコープにすら入らなかった。

 

  • バタフライ効果なのか、風が吹けば桶屋が儲かるなのか、こじつけかもしれないが、あの日、あの上司と同行して、あの会話をしていなければ、京都で働くこともなかっただろう。この異動が吉と出るか凶と出るかまだ分からないが、せめて今後の選択肢を自ら狭めることのないよう動いていこう。

 

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  • …書いていて思ったけど、明確なキャリアなりライフプランがあれば、それにそって邁進するんだろうね。その方が注ぎ込む資源も集中できるしね…。

はや一年

早いもので、転職してもう一年が経った。いつまでもnewbieのつもりではいけないとは、中途入社だけに常々意識していたつもりではあったが…。初めて経験することも多く、ここ数年の感覚と比べても信じられないペースで一年が過ぎた。

やりきったことを考えると、ぞんがい少ない。やはりプロジェクトとしてぶち上げないと、周囲の巻き込みも自分のモチベーションも持続しないことが分かった。

・事業部白書

・二輪世界戦略

得られたスキルは、ぼちぼち。エクセルは人並みに使えるようになった。word等も。ただしプロマネのスキルが足りない。仕事を完遂できない。あゝ。まだ多少は買いかぶってもらえている部分もあり、今のうちにキャッチアップしておきたいところではある。

マルチタスク 苦手

今週、二日間連続で社外セミナー講師。諸事情あり、カリキュラムが確定したのが先週末…。やるしかない。

そして、同時に今週、社内でTOEICを受験しなくてはならない。最後に受けたのは、もう7年前になるか。

これらのタスクに自分がどれくらい時間をかければ、どれくらいのアウトプットが出来るか分かってない。なのでとにかく全力投球したくなってしまう。いろいろ経験すれば、大体のところがつかめてマルチタスクな人間になれるのだろうか…。

Do the 診断士活動

ガイダンスフォロー

中小企業診断士として…というより、診断士講座の受験生(かつ合格者)として、資格学校から依頼されることが幾つかある。

合格体験記の執筆であったり、対談であったり、講座の運営だったりとその内容は様々だが、そのうちの一つに診断士講座の説明会でのフォローがある。これがなかなか面白い。

 

どういうものかと言うと、まず講師や事務局が、校内で資格の魅力やオススメの講座やそのキャンペーンの説明会を行なう。その後、運営側には属さない「中立」の立場として参加者の質問に答えていく。これの何がいいかと言うと

 

  1. 企業内診断士にとって貴重な登壇?機会
  2. 開催時間が終業後(社会人向けのため)で参加しやすい
  3. 周囲が診断士に期待するものが分かる

 

という3点なのである。

特に3つ目の「周囲が診断士に期待するものが分かる」と言うのは、案外得難い経験である。と言うのも、企業内診断士だとなかなか「私は診断士でござい」という顔はできない。何度も言えばしつこいし、そもそも向こうもこちらの力量は大体分かっている訳である。それを超えた要求はそうそうしてこない。度を超えた期待を受けたとしても、社内だとそれに応えなければならない(そして、ボロが出る)。

それが社外の説明会であれば、こちらのパーソナルスキルの予備知識なしの、「診断士への期待」が聞ける。

  • 財務三表を見て、経営課題が分かるようになる?
  • 経営戦略を立てられるようになる?
  • 独立できる?

この辺りがよく尋ねられ、かつ答えが「人による」になる質問だけど、診断士という士業に何を期待しているのかシンプルにわかる。これをどう活かしていくのかはそれぞれだけど、「診断士」というカテゴライズに対してのマーケティングとしては、説明会フォローはなかなか面白いのは間違いない。資格は取ったがその後のモチベーションを失っている方、自分の需要がどこにあるか模索している方、もし学校を利用した学習をされていれば一度検討してみてはいかがでしょう。

企業研修

中小企業診断士をとってから、様々なご縁があり、気付けば他社で社員研修をやらせてもらうようなことになっていた。今日もとある企業で、若手向けの研修(二日間)に講師として出向く。

 

と言っても、今までの職種とまったく異なるところで、自分が講師に向いてるとか向いてないとか判断できるステージですらない。しかもスポット的にアサインしてもらっているだけなので、今後どうなるかも分からない。

 

資格を取ってから、こうなるべく動き、人に会い、努力もしたつもりではあるが、今こうして講師として研修会場に向かう自分を俯瞰すると不思議な気持ちになる。

 

不確定要素はたくさんあるけど、悪い気分ではないですね。