異動!

  • この四月から、今までの東京勤務から京都に異動することになった。家族も帯同のため、チョウナンチョウジョを合わせ4人の人生が大きく?変わることになる。考えてみれば妙な巡り合わせで、今の会社に入らなければ当然この異動はなかった。転職後1年半で国内で動かされることはなかろうと思っていたが、組織再編のため、「まさか」が起きた。

 

  • そして前の会社から転職しようと思ったのは、自分のいた海外事業企画部が全社に影響を与えるような損失を出して、自分のキャリアや、直接的には生涯賃金に不安を覚えたから。今の会社に入ったのは、その時に取得した診断士を活かす仕事(経営戦略)がしたかったから。

 

  • 更に遡ると、キャリアに不安がある中で診断士を取得したのは、上司から社会人の基礎・土台を作るために勧められたからである(今でも同行中に、首都高を社用車で走りながら勧められたことを覚えている…)。勧められなければ、おそらく「診断士」はスコープにすら入らなかった。

 

  • バタフライ効果なのか、風が吹けば桶屋が儲かるなのか、こじつけかもしれないが、あの日、あの上司と同行して、あの会話をしていなければ、京都で働くこともなかっただろう。この異動が吉と出るか凶と出るかまだ分からないが、せめて今後の選択肢を自ら狭めることのないよう動いていこう。

 

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  • …書いていて思ったけど、明確なキャリアなりライフプランがあれば、それにそって邁進するんだろうね。その方が注ぎ込む資源も集中できるしね…。

はや一年

早いもので、転職してもう一年が経った。いつまでもnewbieのつもりではいけないとは、中途入社だけに常々意識していたつもりではあったが…。初めて経験することも多く、ここ数年の感覚と比べても信じられないペースで一年が過ぎた。

やりきったことを考えると、ぞんがい少ない。やはりプロジェクトとしてぶち上げないと、周囲の巻き込みも自分のモチベーションも持続しないことが分かった。

・事業部白書

・二輪世界戦略

得られたスキルは、ぼちぼち。エクセルは人並みに使えるようになった。word等も。ただしプロマネのスキルが足りない。仕事を完遂できない。あゝ。まだ多少は買いかぶってもらえている部分もあり、今のうちにキャッチアップしておきたいところではある。

マルチタスク 苦手

今週、二日間連続で社外セミナー講師。諸事情あり、カリキュラムが確定したのが先週末…。やるしかない。

そして、同時に今週、社内でTOEICを受験しなくてはならない。最後に受けたのは、もう7年前になるか。

これらのタスクに自分がどれくらい時間をかければ、どれくらいのアウトプットが出来るか分かってない。なのでとにかく全力投球したくなってしまう。いろいろ経験すれば、大体のところがつかめてマルチタスクな人間になれるのだろうか…。

Do the 診断士活動

ガイダンスフォロー

中小企業診断士として…というより、診断士講座の受験生(かつ合格者)として、資格学校から依頼されることが幾つかある。

合格体験記の執筆であったり、対談であったり、講座の運営だったりとその内容は様々だが、そのうちの一つに診断士講座の説明会でのフォローがある。これがなかなか面白い。

 

どういうものかと言うと、まず講師や事務局が、校内で資格の魅力やオススメの講座やそのキャンペーンの説明会を行なう。その後、運営側には属さない「中立」の立場として参加者の質問に答えていく。これの何がいいかと言うと

 

  1. 企業内診断士にとって貴重な登壇?機会
  2. 開催時間が終業後(社会人向けのため)で参加しやすい
  3. 周囲が診断士に期待するものが分かる

 

という3点なのである。

特に3つ目の「周囲が診断士に期待するものが分かる」と言うのは、案外得難い経験である。と言うのも、企業内診断士だとなかなか「私は診断士でござい」という顔はできない。何度も言えばしつこいし、そもそも向こうもこちらの力量は大体分かっている訳である。それを超えた要求はそうそうしてこない。度を超えた期待を受けたとしても、社内だとそれに応えなければならない(そして、ボロが出る)。

それが社外の説明会であれば、こちらのパーソナルスキルの予備知識なしの、「診断士への期待」が聞ける。

  • 財務三表を見て、経営課題が分かるようになる?
  • 経営戦略を立てられるようになる?
  • 独立できる?

この辺りがよく尋ねられ、かつ答えが「人による」になる質問だけど、診断士という士業に何を期待しているのかシンプルにわかる。これをどう活かしていくのかはそれぞれだけど、「診断士」というカテゴライズに対してのマーケティングとしては、説明会フォローはなかなか面白いのは間違いない。資格は取ったがその後のモチベーションを失っている方、自分の需要がどこにあるか模索している方、もし学校を利用した学習をされていれば一度検討してみてはいかがでしょう。

企業研修

中小企業診断士をとってから、様々なご縁があり、気付けば他社で社員研修をやらせてもらうようなことになっていた。今日もとある企業で、若手向けの研修(二日間)に講師として出向く。

 

と言っても、今までの職種とまったく異なるところで、自分が講師に向いてるとか向いてないとか判断できるステージですらない。しかもスポット的にアサインしてもらっているだけなので、今後どうなるかも分からない。

 

資格を取ってから、こうなるべく動き、人に会い、努力もしたつもりではあるが、今こうして講師として研修会場に向かう自分を俯瞰すると不思議な気持ちになる。

 

不確定要素はたくさんあるけど、悪い気分ではないですね。

中小企業診断士 筆記試験やったこと

①講座:TAC 二次対策講座

通常のコース+事例Ⅳ特訓(オプション講義)

模試を解き、解説、の流れ。タイムマネジメントを意識できたこと、講師からのフィードバックがあったことが有意義だった。解答の発表がない試験なので、真偽はともかく、ある程度の採点基準を持ってスコアをつけてもらえることがやる気にもなる。ただし公開模試では2800人中、順位が2000人でD判定だったのでどうしよかと思った。テキストは頻出範囲の知識の総ざらいができるので、マイノートを作るときに役立った。

 

 

②勉強会:TAC講座の受験生、5人くらいで週2でファミレスで。

まず汎用性が高いという噂の事例Ⅲ(事例Ⅰの書き味にも似ているらしい)を5年分、各々解く。

本文の対応箇所と、その理由。文章構成など比較。

事例Ⅰでも同様に5年分ほど行う。

事例Ⅱについては、抜粋が多いことから後回し。2年分ほどしかやらなかった。

事例Ⅳは個人でやるほうがいいだろうと会では触れず。

 

各事例に沿ったテーマ(Ⅰなら人事・組織、Ⅱならマーケなど)を意識すること、自分の解釈が思った以上に他人とずれることがあることなど、徹底的に意識させられた。また週2で行うことで、過去問をとにかくやらなければならないという、いい圧力になった。

 

③勉強会その2

某講師が独自に呼びかけ、毎週行っていた勉強会にも参加。

非常に人気があり、毎回80人近くは参加者がいた。チームに別れ、事例ごと、問題タイプごとに

カテゴリ分けして、各々の解答を持ち回りで説明していく形式。

講師が独自路線を行くタイプで、勉強会その1とはまた異なるアプローチが多かったので、

解法の違いを意識する、また問題を解く圧力という意味でもいい刺激になった。

ただベテラン受験生が、解法というかスキームの上っ面だけマスターし、周りを閉口させるというチームもあったよう。ファンが多い講師だけにそういった当たり外れもあるということを認識しておく必要がある。

 

 

以上。全て予備校を軸に行ったものばかり。とにかく自分にやさしいタイプである僕は、こういう形から入るタイプでなければ、楽な方へ楽な方へと流れることは自明の理だった。その道をどんどん潰してやらざるを得ない方向へもっていけたのが成功要因かと思う。元にこの3つ以外で自主的に過去問を問いたり、一次試験の知識の補充などはほとんど行っていない。事例Ⅰは25〜21年、事例Ⅱは25、24年、事例Ⅲは25〜21年、事例Ⅳは25,24年だけ解いた。複数回解いたものもある。また、講義でやる模試は過去問の形式を踏襲しているので、知らず知らずのうちに触れているのかもしれない。

とにかく「場」を作ることに終始した。勉強会を主催したり、積極的に参加したり、手伝いをしたり。そうすることで否が応でも巻き込まれていき、当事者感をつのらせ、自分を退っ引きならないところへ追い込むことができた。これは案外、大事なことかも。いろんな人がいろんな才能を持ち合わせている中で、自分には大したものがなくても、それらを集合させるちょっとしたきっかけくらいなら、自分も作ることができる。そんなことをしみじみ思いました。

中小企業診断士 二次筆記試験 結果発表

試験日が10月26日、合格発表が12月12日。

結果を待ってドキドキするには、長すぎる。

 

今まで週に2回、平日就業後に事例分析を5〜6人の仲間で行ってきた。

その時間がなくなり、従って準備に使っていた時間もなくなるわけで、相当な時間がフリーになるはずだと思っていたが、実際はそうでもなかった。やはり自分が弱い人間で、目的意識がなければだらだらと消費を続けるだけの人間であったと再認識した。なんだかんだでテレビを見たり、買い物に行ったり、旅行に行ったり。だらだらと無為に過ごすこと、二ヶ月。二次受験組と飲むと決まって、受からなかったらどうするか・・と言う話になり、大金をはたいて2次試験が免除される大学校に行くかとか、講義で見かけるウン年目の受験生は、もはやライフスタイルや趣味の一環として受験を続けていて授業料の25万円程度で1年講義があるなら、趣味としてはコスパがいいのかもしれないなど生産性の話をして一種被虐的な気持ちながら、ちょっと落ち着いたりしていた。

そして審判の日。12月12日金曜日。その日は細切れの会議が朝から続き、気持ちは色んな所へふらふらと飛び回り、正直結果どころではなかった。それでも会議の合間にネットで中小企業省の公式サイトをチェキ。一次試験に「情報」の科目があるとは思えないほど不親切な設計のページにアクセス。手帳にメモしていた番号をチェックする。

番号がある。あれ、と思う。そんな馬鹿なと思い、携帯のカメラで撮っていた受験票の写真の受験番号で再チェック。間違っていない。エリアが違うのでは。不合格者の番号のリストを見ているのでは。かけた時間と費用など大きすぎて、ぬか喜びなど決してしたくない。その思いが強すぎて、喜ぶタイミングを逸する。ただ、もう一年間勉強しなくてよくなるという安堵感だけが全身を包む。会議室の椅子の背もたれに、全身をふうっと預ける。最後にもう一度だけ番号と参照元を確認し、隣にいる上司と先輩に報告。LINEでヨメと勉強仲間にも。

 

次の日に、簡易書留で筆記試験の通過連絡と口述試験の受験票が送られてきた。ようやく一安心の心持ち。勉強会のメンバー他4人もなんと全員通過。合格率が前年より高いとはいえ、すごい。そういう意味では自分もこの勉強会に引っ張ってもらったのだと思う。柄でもないので「周りに感謝」とも言わないが、独りでできないことでも協力することで成し遂げられるのだなとびしびし感じた。正直来週の口述試験の結果が出るまで、なんとも言えないのだが、粛々と準備を続けてきた筆記試験に通過したことで、大きなハードルを一つ越えたような気がしているのも確かである。1次試験の教科書はとっておくつもりだが、細々としたプリントは破棄しようと思う。とにかく10月末から、ふわふわしていた自分に、ようやく「おつかれ」と言えるような気がした。そして口述試験の対策もそうそうに進めないとね。