スキマダイアリ

インドネシアでさまようリーマン

男たちのアフターファイブ 夢枕獏風

仕事が終わった後でふと思った。 
はたして仕事先から自宅まで歩けるのか否か── 

考え付いた瞬間歩き出す。 
ひたすら歩みをすすめる。 


30分後── 


地下鉄の駅を通り過ぎるたびに(もう乗るか)と自分に聞いてみる。 

  一体―― 
  いつまでねばる気だ――? 
  これほどの距離を―― 
  耐え抜くとは。 
  脚が棒のようだ。 


  指は? 
  掴める! 
  脚は? 
  走れる! 
  ジャケットは? 
  おしゃれ! 

  問題ない。何も、問題はない。 
  一体、何の不満があるだろう。 
  自分には、こんなに立派な肉体があるではないか。 
   

  闘え、闘え。 
  そう言ってくれる肉体が、あるではないか。 

  「応!」 
  声にならない、声をあげる。 
  自分の肉体に、応える。 


できるのだと、手にしたiPodが叫んでいる。 
研ぎ澄まされた日本刀で、何もかも根こそぎ断ち切るような割り方。 
膝が、がくがくと震えていた。 
何か、凄まじいものが、背を駆け抜けている。背を駆け登ってゆく。      
駆け登って、脳天に突き抜ける。駆け登っても駆け登っても、突き抜けても突き抜けても、まだ終わらない。まだ足らない。 


  あ。 
  あ。 
  駅舎が、見える。 
  そうだ。 
  もう何も言わなくても、分かってるじゃないか。 
  もっとだ。手を上にあげるんだ。 
  そうだ。それでいい。 
  自分を誇れ。 
  勝利を宣言しろ。 
  俺はやりとげたと、みなに宣言しろ。 
  それでいい。それでいい。 
  俺は、満足だ。 
  このまま。 
  このまま逝かせてくれ---。 


一時間歩き続けて気付けば自宅まで着いた。 
地下鉄で行けば6駅分、約9分である。 



無駄な時間だった・・・( 'ω`)